世の中ではたまに家庭内の限界がニュースになる。殺人が起きて、周囲が「まさか」「なぜ」と驚く。でもそのたびに、ふと思うんだ。いっそのこと殺された方がよかったんじゃないか、と。何十年も、命令と理不尽なキレを繰り返し浴びせられ続けたカサンドラ家族の内側は、外側から見れば「ちょっと変わった父親との日常」にしか映らない。でも内側にいる者にとっては、毎日が静かに、確実に、魂を削り取る地獄だ。
私の父は尊大型アスペルガーだ。自分では「気を使っている」「家族のために動いている」と本気で信じている。天才だとでも思っているのか。でも実際は、常識も相手の状況も、家族の疲れも、一切見えていない。学がない。バカだ。自分の頭の中の都合だけが絶対で、他人は都合のいい道具か、邪魔な存在にしかならない。感謝もしない。謝りもしない。自分が困った時だけ家族を呼び出し、動いてもらって当然の顔をし、少しでも自分のペースが乱れるとキレる。何十年もそれを繰り返してきた。
朝、会った瞬間から始まる。テレビに納豆が映れば「そういえばこの間テレビで納豆について何かやってたなー」。内容ゼロ。何をやってたのかもわからない。ただ「見た」という記憶を吐き出すだけ。ラーメンが映れば「昨日どっかのラーメンやっててさ〜誰かが美味いって言っててさ〜あれうまそうだったな〜あればいいよ」。店名もない。感想もない。ただ連想が起きたから口から出す。朝から何十回も。朝からずっとうるさい。頭の中に浮かんだものを「言う必要があるか」で選別する工程がそもそもない。テレビが連想発話製造機になっていて、横にいるだけでその副音声を強制的に浴びせられる。
こちらが「へー」と流せば「人の話を聞かないやつだ」と母に愚痴る。まともに相手をすれば体力を奪われ、適当にすれば陰口を叩かれる。無視すれば「人としてダメだ」。指摘すればふてくされる。「今ちょっと静かにして」と言えば「普通に話しただけなのに怒られた」になる。正解がない。発端はいつも父の大量発話なのに、最後には私の反応の仕方が問題にされる。理不尽すぎて吐き気がする。
モスバーガーを何度も買いに行かされ、「不味い」と何度も言われている家族は辛い
雨の日も同じだ。父がテレビでモスバーガーを見て「おいしそうで努力してる」と言い出す。過去に何度も「薬臭い」「こぼれて食べにくい」「やっぱりマック」と貶していたのに、昨日の印象だけが勝つ。不都合な記憶は消えて、自分が見た「最新の正解」だけが残る。仕方なく大雨の中、傘とハンバーガーで両手がふさがった状態で買いに行く。ズボンも靴もびしょびしょ。全身ずぶ濡れだ。帰ってきたら「電話したのに出ない!」と怒られる。理由は、家賃滞納中のテナントから口座番号を聞かれ、自分がパニックになったからだ。手元に古い通帳もキャッシュカードもあるのに、探すより先に息子を呼ぶ。相手が雨の中、自分のために動いていることなど、頭に入らない。相手の状況を考えることができない。1つのことで頭がいっぱいになると、他の情報が全部消える。
そのあと入金確認で銀行へ行け、とまた駆り出される。「確認したい確認したい確認したい」で頭がいっぱい。テナントが入金したと言っているのに、明日晴れてからでいいのに、自分のルーティンを終わらせたい焦りを、動く側に全部押し付ける。自分では行かないくせに偉そうだ。舐めてる。今日だけで、モスを買いに行く係 → 電話に出なかったと怒られる係 → 口座問題を解決する係 → 入金確認で銀行へ行く係。完全に振り回されている。善意で動いた結果、逆に理不尽を浴びる。全部父のせいなのに、父は自分は悪いと思っていない。頭がおかしい。
雨漏りに焦り、まだ雨なのに天井を掘る父
屋上の床を勝手に剥がして雨漏りを起こし、私が床屋にいる最中に何度も同じ話の電話をかけてくる。同じ電話の中で3回、帰宅後にまた1回。こちらがもう聞きたくなくて流すと、また「話を聞かない」と母に言う。昨日のモス事件から2日連続。もう限界だ。せっかく床屋に行って少し気分を変えようとしたのに、緊急性のないバカ報告で気分を下げられる。帰宅したら元気がなくなる。アスペ攻撃のせい。ただ、削られている。
毎日会話が成立しない
お喋りすぎる
会話は成立しない。こちらが「ここに喫茶店あるといいよね」と言った数秒後に、父が「そういえばここに喫茶店あるとよくない?」と自分の意見として言い出す。母と私は顔を見合わせる。「今言ったじゃん!」。指摘しても「え?俺の意見だけど?」。ソース・モニタリングが壊れているのか、ただの自己中心なのか。毎日だ。自分が話すこと自体が嫌になる。相手に届いていない会話を延々やらされる虚しさ。人の話は聞かないくせに、自分の話は長々と聞かせる。不公平すぎる。
テレビを見れば連想のオンパレード。アナウンサーが映れば「このアナはWBCで話すの上手い」——WBCとWBSの区別もつかない。同じ内容を何度も繰り返す。秋元真夏が映れば「この子はさあはじめはパッとしなかったんだよなー」。王林が映れば「この子はさあ東京に染まってきたな」。白馬村が出れば「ハクバって読む時と白馬って読む時があるんだ〜わからんなー」。繭から糸が取れると「じゃあ糸取ったら蚕死んじゃうじゃん、どうやって子孫残すんだ?」。何回説明してもまた同じ質問。以前こちらが教えた情報は消える。自分の発話だけが残る。内容が浅い。同じ話の繰り返し。黙ってろよ、と言いたくなる。

落ち着きがない
集中力が無い
動作も常に刺激を投げてくる。「はぁ〜」「よし!」、ハサミやガムテープをいじりだす。居眠り以外はずっとうるさい。尊大型に積極奇異型が混じったような、相手の関心を一切確認しない一方的な発信。父が動くと「また何か始まるかもしれない」と身構える。テレビを見ると「また連想話が始まるかもしれない」と身構える。息を吸う音すらイライラする。個々の発言を評価して怒っている段階じゃない。「父が活動している=こちらの注意領域に侵入してくる可能性が高い」状態そのものに神経が反応している。
母はYouTubeで遮断を覚える
母も隣に座りながらYouTubeに避難している。父は「携帯ばかり触りやがって」とキレる。自分が喋り続けて相手を疲れさせている因果関係が見えない。買い物に誘っても断られるとキレる。「他の老夫婦は一緒に来てるのに」。関係性が違うのに比較する。一緒にいると歩くのが遅く、常に喋り、スーパーでは邪魔な老人になる。恥ずかしいし疲れる。断られるたびに「俺が死んだら後悔するぞ」と罪悪感を押し付ける。母は「後悔しない」と返す。当然だ。それでも父は「自分は好かれている」と信じている。変なプライド。周囲からの明確なフィードバックを全部「相手がおかしい」と外側の問題に変換する。
家族は奴隷
一度も謝ったことが無い父
私は奴隷だ。買いに行く係、電話に出る係、銀行へ行く係、話を聞く係、最後に怒られる係。善意で動いた結果、逆に理不尽を浴びる。父は一度も家族にまともに謝らない。常に上から目線。自分のミスを認めると立場が崩れるとでも思っているのか。病院に母が付き添わないとキレるが、普段のパワハラの積み重ねで嫌われていることに気づかない。威張っててかまってちゃん。依存しているのに態度は支配的だ。これが一番家族を消耗させる。
ずぶ濡れで家族の食事を買って帰っても、目の前の私には関心がない。テレビの札幌の雨を見て「ほら見ろ、雨でタクシー捕まんないんだって」と話し出す。LINEで「タクシー使えよ」と気を使ったフリをしたくせに、実際に濡れて帰ってきた姿は見えない。全身びしょぬれになってんのに、父は札幌の話をしてくる。死ね、と言いたくなる。
これが何十年も続く。筋トレで整え、仕事やブログで勢いを作っても、父の割り込みでゼロに戻され、マイナスになる。家庭からの理不尽は、勝手に人生の時間を奪っていく。「もう何もしたくない」「やる気がなくなる」「俺の人生そのものを止められている感じがする」。脱力感。怒りより先に、虚無が来る日もある。
父が死ぬまでの(無実の罪の)懲役
「父中心に生きなければいけないのか」。毎日の細かい攻撃の積み重ねは、一発の大事件より効く。相手の状況を考えることができない。自分の焦りや連想やルーティンを、周囲に無制限に転送する。助けてもらって当然だと思っている。感謝も謝罪もない。何でも周りが解決してしまうから、「この態度でも結局みんな動いてくれる」と学習している。
この苦しみは、ただの「親子の相性」ではない。自分は気を使っている天才だと勘違いしたまま、常識も学もなく、毎日家族を消耗させ続ける尊大型アスペルガーの、静かで容赦ない攻撃だ。母も距離を取り始めている。私だけじゃない。父は自分が人を遠ざけていることに気づかず、さらに絡み、キレ、孤立を深める。寂しい → 絡む → 嫌がられる → 怒る → さらに嫌われる → もっと孤立する。悪循環。
このままでは自分が壊される
助けすぎない。機嫌を取らない。本人ができることは本人に返す。境界線を引く。それが攻撃ではなく、生き残るための最低限の防御になる。家族だからといって、無限に尻拭いをする義務はない。本人が長年の振る舞いで人を遠ざけた結果が、孤独なら、それは因果の一部だ。自分の行動の結果を本人自身が受けなければ、因果応報にならない。
今日もまた、何かが始まるのだろう。朝からうるさい連想話か、理不尽な要求か、同じ話の繰り返し電話か。でも少なくとも、すべてを受け止める必要はない。私の人生を、父の未完了タスク処理係として終わらせるつもりはない。憎悪は消えない。悲しみも消えない。何十年分の怒りが、静かに、しかし確実に溜まっている。それでも、今日を生きるために、距離を取る。それだけだ。
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