父のために大雨の中モスを買いに行ったのに、なぜ私が怒られる?尊大型アスペ父に振り回された一日

朝、父と顔を合わせた瞬間だった。

父が突然、こんなことを言い出した。

父「はとはらの、あれ! あれ! なんだっけ?」

何の話か少し考えて、

「アメトーーク!でしょ。蛍原ね」

と答えた。

すると父は、前日にテレビで見たというモスバーガーの話を始めた。

父「昨日さ、モスバーガーのやっててさ。すごい努力してるんだな。ハンバーガーとかウインナーのやつとか、うまそうだったんだよ」

かなり興味を持った様子だった。

しかし、聞いている私としては少し引っかかる。

なぜなら父は、以前にも何度かモスバーガーを食べているからだ。

しかも、そのときの評価は決して良くなかった。

フランク系の商品を買ってくれば、

父「なんか薬臭い」

と言われた。

モスバーガーを買ってくれば、

父「ソースがこぼれて食べにくい」

と言われた。

何を買っても何かしら文句が出て、結局は、

父「やっぱりマックでいい」

という話になった。

そして、そのたびに店まで買いに行っていたのは私だった。

こちらからすれば、わざわざ買いに行ったものに毎回文句を言われれば、当然いい気持ちはしない。

そこで私は言った。

「前に何を買ってもダメだったじゃん。フランクは薬臭いって言ってたし、モスバーガーは食べにくいって言って、結局マックになったじゃん」

ところが父の中では、そんな過去の評価よりも「昨日テレビで見たモスバーガー」の印象のほうが強いようだった。

テレビでは企業努力が紹介され、商品がおいしそうに映っていた。

その瞬間、父の頭の中では、

「モスバーガー=おいしそう」

に更新されてしまったように見える。

以前、自分が何を言ったのかはほとんど関係ない。

結局、その日の昼はモスバーガーを買うことになった。

大雨の中、父のためにモスバーガーを買いに行った

しかも、その日は大雨だった。

片手に傘。

もう片方の手にはハンバーガー。

雨が強く、ズボンも靴もびしょびしょになった。

それでも、父が食べたいと言ったものを買って家まで戻った。

ところが、帰宅すると父が怒っていた。

父「電話したのに出ない!」

いきなりそう言われた。

私としては意味が分からない。

私は今、あなたのために大雨の中モスバーガーを買いに行っていたのである。

傘と商品で両手がふさがっている。

雨音も激しい。

そんな状況なら、電話に気づかないことくらいある。

しかし父は、自分が電話をかけたのに私が出なかった、という一点で頭がいっぱいになっていた。

電話の理由は「家賃の振込先が分からない」だった

事情を聞くと、別の問題が発生していた。

父が貸している物件のテナントから、

「家賃を振り込みたいので口座番号を教えてほしい」

という電話があったらしい。

ところが、そのとき父の手元には通帳がなかった。

私が通帳記入のために持って出ていたからだ。

そこで父は、

父「通帳がない!」
父「口座番号が分からない!」

と焦り、私に電話をかけた。

しかし私は電話に出なかった。

だから怒った、という流れだった。

だが、少し考えてほしい。

そもそも私が責められる話なのだろうか

まず、家賃を振り込む側が振込先の口座番号を控えていないというのも不思議な話だ。

しかも、これまで何度も同じ口座へ家賃を振り込んでいる。

それなのに突然、

「振込先を教えてください」

となる。

そして父も父で、自分の口座なのだから、いつでも確認できるようにしておけばいい。

仮に現在使っている通帳が手元になかったとしても、古い通帳は家に保存してある。

キャッシュカードもある。

つまり、家の中には口座情報を確認できる方法が少なくとも二つ残っていた。

それなのに、父の中では、


「通帳がない」

「口座番号が分からない」

「私に電話する」

「電話に出ない」

「なんで出ないんだ!」

となってしまった。

ここで一番理不尽なのは、最終的に怒りの矛先が私へ向いたことだ。

今回の原因を整理すると、私はほとんど関係ない

そもそもの原因を順番に整理してみる。

まず、テナントが家賃の振込先を控えていなかった。

次に、父自身も自分の口座情報をすぐ確認できる状態にしていなかった。

さらに父は焦ってしまい、古い通帳やキャッシュカードを確認するという別の方法を思いつかなかった。

その結果として私へ電話をかけた。

ところが、その私は何をしていたのか。

父が食べたいと言ったモスバーガーを、大雨の中わざわざ買いに行っていた。

そして雨の中で電話に気づかなかった。

この流れのどこに、私が怒られる理由があるのだろう。

むしろ、普通なら帰宅したときに、

「雨の中ありがとう」

と言われてもいい場面だと思う。

ところが現実には、


父のために買い物へ行く。

雨で全身びしょ濡れになる。

帰宅する。

父から怒られる。

何とも言えない理不尽さだけが残った。

私はいつの間にか「問題解決係」になっている

こうした出来事は、一つだけを取り出せば小さな話に見えるかもしれない。

「電話に出なかっただけでしょ」

と思う人もいるだろう。

しかし、私が一番つらいのは、こういうことが何度も積み重なることだ。

何か分からないことがあれば聞かれる。

物が見つからなければ探す。

食べたいものがあれば買いに行く。

手続きが分からなければ調べる。

問題が起きれば対応する。

そして、うまくいかなかったときだけ怒られる。

いつの間にか私は、

「家族」ではなく「何でも解決してくれる係」

のようになっている。

しかも本人には、こちらを振り回しているという感覚がほとんどない。

父の頭の中では「電話に出なかった」がすべてになる

今回も父の中では、おそらく非常に単純なのだと思う。


「口座番号が分からなくて困った」

「私に電話した」

「出なかった」

「困った」

「だから腹が立った」

そこまでなのだろう。

しかし、その電話に出なかった私が、

「今、自分のために大雨の中を歩いている」

という事情まで同時に考えることができない。

だから帰宅した私に対しても、

「大変だったな」

より先に、

父「なんで電話に出ないんだ」

が出てしまう。

本人の中では、それが自然なのかもしれない。

しかし、受ける側にとってはたまらない。

善意で動いた私が、なぜか損をする

今回の出来事で一番虚しく感じたのはここだった。

もし私がモスバーガーを買いに行かなければ、電話には出られたかもしれない。

つまり、

「父のために動いたから、父の電話に出られなかった」

のである。

そして、その結果、

父「なんで電話に出ない」

と怒られた。

これはかなり皮肉な構図だ。

何もしなければ怒られなかったかもしれない。

親切にしたから怒られた。

こういう経験が何度も続けば、

「もう何もしてやりたくない」

と思うようになるのも当然ではないだろうか。

家族だから助ける。

家族だから買い物へ行く。

家族だから困っていれば手伝う。

しかし、それは無制限に何をしてもいいという意味ではない。

助けてもらっている人が、その助けている相手の事情をまったく考えず、さらに怒りまでぶつけるようになれば、助ける側は消耗していく。

本当の問題はモスバーガーでも口座番号でもない

今回の件は、口座番号やモスバーガーそのものが問題なのではない。

本当の問題は、

「自分が困った瞬間、周囲の人間の事情が見えなくなり、その不快感を一番近い家族へぶつけてしまう」

という構図だと思う。

そして、その後も本人が、

「自分にも原因があったかもしれない」

と振り返らなければ、同じことが繰り返される。

家族にとって苦しいのは、まさにそこなのだ。

まとめ|父のために動いた結果、なぜ私が怒られるのか

この日の出来事を改めて整理すると、こうなる。


父がテレビを見てモスバーガーを食べたくなる。

以前は散々モスに文句を言っていたが、そのことはあまり気にしていない。

私が大雨の中、モスバーガーを買いに行く。

その間に、家賃を払うテナントから振込先について電話が入る。

父は通帳がないことで焦る。

古い通帳やキャッシュカードを確認すれば分かるのに、私へ電話する。

私は大雨の中で電話に気づかない。

父は怒る。

帰宅した私は、モスバーガーを渡す前に「電話に出ない」と怒られる。

これだけ並べれば、どこに理不尽さがあるのかは分かりやすいと思う。

誰かのために動いた人が、その人の別の問題まで背負わされ、最後には怒られる。

こういうことが続くと、怒りだけではなく、

「またか」

という脱力感や、

「私は何のためにここまでやっているんだろう」

という虚しさのほうが大きくなってくる。

家族だから多少のことは助け合う。

それは分かる。

ただ、家族は奴隷でも、24時間対応の秘書でも、何でも解決してくれる係でもない。

少なくとも、大雨の中、自分のために食べ物を買ってきてくれた人に対して最初に言う言葉は、

「なんで電話に出なかったんだ」

ではないはずだ。

コメント

  1. 匿名 より:

    糞だよ糞
    アスペは糞

  2. 匿名 より:

    迷惑かける人は生きてる価値ないよね

  3. 匿名 より:

    地獄に行く!